「あの、令さま」
「なぁに祐巳ちゃん。もしかしてホワイトデーのこと?」
「……はい」
 私は、久しぶりに由乃さんの家に来ていた。
 卒業されてしまった令さまに会うために。
「で、祐巳ちゃんは誰に渡すの? 祥子? 瞳子ちゃん?」
「二人ともです」
「え〜。私は〜?」
 私が答えると、由乃さんが冗談っぽく言った。
「それとは別に山百合会用にも作るからいいでしょ」
「そうそう。それに、由乃にはわたしがいるじゃない」
「令ちゃん…………そういう意味じゃないんだけど……まあいいや」
 この二人を見て、本当に仲がいいなと感じた。
 私も、祥子さまや瞳子ちゃんともっと……
 とか考えてたら、由乃さんが言った。
「祐巳さん、ひょっとして嫉妬した?」
「え!? また、顔に出てた?」
「うん。昔に比べたら幾分かマシになったけど、まだまだわかるわよ」
 瞳子ちゃんと姉妹になってからは、少しは動じなくなってきたつもりでいたけど、まだまだ全然なようだ。
「さて、本題に戻すよ。 祐巳ちゃん、ケーキとか作ったことはある?」
「ケーキか〜。作りたいとは思ってますけど、作ったことはないな〜」
「じゃあ、モンブランでも作ってみよっか?」
「え、でも私ケーキ作ったことないんですよ!?」
「大丈夫。結構簡単だから。私もみててあげるから。頑張ろう」
「は、はい!」
 難しそうだけど、祥子さまと瞳子ちゃんのためだもん。
 頑張らなきゃ。



   ◆   ◆   ◆



「お姉さま」
 リリアンの大学部は目と鼻の先。
 とはいえ、講義で動き回ってるたくさんの人の中から、目当ての人を探しあげるのは大変。というわけで、あらかじめ電話して、昼休みに食堂にいてもらった。
「もう、祐巳ったら。もう私はあなたの姉妹じゃないでしょう」
「いいえ! お姉さまはずっとお姉さまです!」
「わかってるわよ。でも、今は「祥子さん」って呼んでもらえるかしら?」
「じゃあ、せめて祥子さまでいいですか?」
「ふふ、いいわよ」
 いきなり「祥子さん」なんてハードルが高すぎる。
「で、祐巳。渡したいものって?」
「……ホワイトデーです」
「…………そういえば、そうだったわね」
 祥子さまは完璧に忘れていたようだった。
「これを…」
「まぁ。嬉しいわ。中身はなんなのかしら?」
「開けてみてください」
「ええ……。まぁ、モンブランね。ひょっとして、祐巳の手作り?」
 よかった。
 見た目でわからなかったらちょっと悲しくなる…。
「ええ、初めてだったけど頑張ってみました」
「嬉しいわ。帰ったらゆっくり食べさせてもらうわね」
 やった。
 喜んでもらえた!!
「今度、私からも何か渡すわ。 さあ祐巳、もう帰らないと、次の授業に遅れるわよ。紅薔薇さまが遅刻なんてしたら、大騒ぎよ」
 さっと腕時計をみると、次の授業まであと5分ちょっとしかなかった。
 うそでしょ〜……。
「わ!! ほんとだ!! それじゃ、祥子さま失礼します」
「またね」
 祥子さまの別れの言葉をかみしめる余裕もなく、私は早足で高等部へと急いだ。



   ◆   ◆   ◆



「瞳子〜」
「な、なんですのいきなり!?」
 薔薇の館にやってきた瞳子を呼び止めた。
「そんなに驚かないでよ」
「いきなりこんな至近距離で名前を呼ばれたらだれだってびっくりしますわ!! 顔が近いですわよ、お姉さま!!」
 う〜む。
 近づきすぎたか。
「ごめんごめん」
「で、何なんですの?お姉さま」
「はい」
 私は瞳子ちゃんにモンブランの入った箱を差し出した。
「これは? 何なんですの?」
「ん? 私の手作りのモンブランケーキ。ほら、ホワイトデー」
「あ、ありがとうございます!!」
 瞳子が嬉しそうに笑ってくれる。
 こっちも大成功。
「あ、あの、祐巳さま!!」
「ん?どうしたの?」
 瞳子がおずおずと近づいてくる。
「わ、私からも……これ」
 瞳子が、手に持った小さな袋を差し出してきた。
「これは……?」
「クッキーです。あの……」
「瞳子の手作り?」
「え? ええ。今朝早く起きて焼いたんです。流石に作りたてというわけにはいかないので……」
「ありがとう。瞳子」
 私は、恥ずかしそうにしている瞳子を優しく抱きしめた。
「帰ったら、ゆっくり食べさせてもらうね」
「祐巳さま……」
 瞳子が柔らかな体をあずけてきた。

 私と瞳子は、由乃さんや志摩子さんたちが薔薇の館につくまで、しばらくそうしていた。







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