12月26日の朝早く。
 あたりはまだ薄暗く、部活動の生徒もまだ来ていない。
 昨日、一昨日。
 この二日間のことは、一生忘れないだろう。
 忘れられるわけがない……。
 栞がいなくなったリリアンなんて、想像したこともなかった。

 冬休み。
 誰ひとりとして存在しないリリアン女学園。
 マリア像の前。
 私は合掌をした。
 一応……。
 栞をのことを思って……。
 …………。
 慣れないことはするもんじゃない。
 私は足早にお聖堂へと向かった。


   ◆   ◆   ◆

 
 重い扉を押し開けて中に入る。
 その扉が、今日はいつも以上に重く感じられた。
「栞……」
 マリア様の前には立たず、脇にある椅子に横になる。
 あの朝のように。
 儚くも願っているのかもしれなかった。
 自分でもおかしいと思う……。
 分かっているはずなのに、何故か…栞の面影を追ってしまう…。
「栞……。ごめんね……私のせいで……」
 ふと、脳裏にお姉さまの顔が浮かんだ。
「でも……。栞を悩ませたのは私……。これは、紛れもない真実……」
 意味もなく、お聖堂の中を散策する。
 まるで、どこかに栞が隠れてるんじゃないかと探しているみたいに……。
「……バカみたい……」
 自分の行動に愚かしさを感じた。
 それでもやめることができなかった。
「……?」
 ふと、ステンドグラスの方から何か気配を感じた。
 そんなバカなことあるはずもないのに……。
 まるで、マリア様がみていたかのように。
 ただ、その気配の中に栞の面影を感じた気がして、私はふらふらとステンドグラスの方へ歩いて行った。
 なんでだろう。
 自分でも理解できない。
 なのに何故か、そこに栞がいるような気がした。
 私の足は、自然とマリア様のステンドグラスへと向かっていく。
「……ん?」
 マリア様の足元に、一冊のノートがあった。
 まるで、栞の姿を見たかのように一瞬視線が釘付けになった。
 私は、無意識のうちにノートに手を伸ばしていた。
「………………」
 何故だろう。
 ただページをめくるだけなのに、異様に緊張した。
「しお……り……?」
 そこにつづられていた文字は、間違えようもない、栞の字だった。
「日記……?」
 何月何日何曜日。
 私が栞とであった日から、このノートは始まっていた。
 読んでいいものかと躊躇う。
 栞との日々。
 忘れようにも忘れられないような日々で、彼女の視点。彼女の感じたことを裏側から覗いているようで、背徳的なものを感じた。
 それでも、私は開かずに入られなかった。
 なんとなく、最後のページ。一番最後の栞の言葉を、一番最初にみようと思った。
 そこに綴られていたのは、私に宛てたメッセージだった。

『直接言葉で伝えられなくて、本当にごめんなさい。
 聖のことを思うと、いつも眠れなかった。
 会おうと思えば会える距離にいた、それでも眠れなかったのに、
 本当に会えなくなってしまった今、私は眠れないじゃすまないのかしらね。
 涙が枯れて、喉が枯れても、あなたのことを思って泣き続けてると思うわ。――』

 私の瞳からは既に涙があふれていた。
 そのノートに書かれている文字は、そこから既に少し震えていた。
 所々、涙の跡がある。
 私は、一心不乱に読み進めた。
 読み進めるうちに、栞のキモチがすっと胸に染み渡ってくる。
 栞の暖かさや、優しさ。
 痛み、悩み、苦しみ。
 栞の感情がダイレクトに私の胸に入ってくる。
 私の感情と、栞の感情が私の胸の内で溢れてぐちゃぐちゃになる。
 私は、その感情の奔流に飲まれてゆく。


   ◆   ◆   ◆


「…………んっ」
「……起きた?」
 どうやら私は眠ってしまっていたようだ。
「しお…り?」
「……はずれよ」
 耳慣れた声が私の耳に入ってくる。
「……おねえ…さま…?」
「栞さんじゃなくて、悪かったわね」
「どうして……?」
 どうしてお姉さまがここに?
 言い切る力がなかったけど、十分伝わったようだ。
「聖の家に電話したら、朝早くに家を出たって聞いたのよ。で、なんとなく……ね。」
 寝てしまった私の頭を、膝の上に乗せてなでてくれているお姉さまがいった。
「お昼は食べたの?」
「……いいえ」
 ずっと栞のノートを読んでいて、何度も何度も読み返していたら眠ってしまって……。
「の、ノートは!!」
「これの事?」
 お姉さまは私の胸を指差して言う。
「…はぁ。良かった…」
 どうやら、ずっと抱きしめていたようだ……。
「とりあえず、サンドイッチを持ってきたから食べましょう」
「……いえ、食欲ないから……いいです」
「じゃあ無理矢理にでも食べさせるわよ?」
「……食べますよ」
「よろしい」
 お姉さまは足元においてあった籠からサンドイッチと紅茶の入った水筒を渡してくれた。
「……いただきます」
 お姉さまらしい。
 私の味覚を、私の好みを完全に把握している味だった。
 紅茶も、実に私好みの味をしていた。
(栞とは違う温かさが、お姉さまにはある。
 けど、お姉さまは栞じゃない……)
 頬を涙が伝う。
 止めようにも止められない。
 とめどない感情の奔流が、涙という形で私の中から溢れてくる。
「しばらく、つらい時間が続くわ。いつか、私の他に、聖が心から好きな相手を見つけられるまで…ね」
 私は答られない。
 涙とともにこみ上げる嗚咽に言葉を出せなかった。
「聖。あなたはのめりこみすぎる癖があるから、今度好きな人ができたら、自分から一歩引くようになさい。……今は、何を言っても頭に入らないかな」
 お姉さまの言葉は痛いほど胸に染みていた。
 でも今の私には、その言葉に返事を返せるほどの余裕はなかった。
 お姉さまが、ゆっくりと私を抱き寄せる。
「今は泣きなさい。とりあえず落ち着くまでは、胸を貸すわ」
 私はその言葉に甘えていることにした。
 押えきれないこの感情を、躊躇わずに吐き出し続けた。
 疲れきって眠ってしまうまでに。
 お姉さまの胸は、暖かく、少しだけど、私を安心させてくれた。


 それからしばらくの時を経て、私は運命の相手を見つけることになる。
 栞のことは忘れたわけじゃないけど、栞と同等に、もしかしたら栞以上に、私はその娘が好きだった。


 ねぇ、栞。
 私は、ちゃんと立ち直れてるかな?
 いつか……いつまでだって待つから、また話させてね。
 お互い、いろんなことを話そう。






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