「どうですか幽平さん。少しは何か感じたりしますか?」
「……勘違いされてるようだから行っておくけど、一応これでも心踊らせているよ?」
 いつも通りの鉄面皮で幽は言う。
 その感情は、羽島幽平……平和島幽をよく知らない……否、よく知る人間であっても読み取ることはできないだろう。
 幽の表情が希薄な理由は、感情表現が豊かすぎる兄の反面教師で、決して表情を押し殺そうとしているわけではない。
 その鉄面皮が天然のものであるが故に、逆に完璧に表面に現れないのである。

 二人は今遊園地に来ている。
 いわゆるデートである。
 芸能人二人。
 しかも、それぞれ今を騒がすトップアーティスト二人だ。
 世間が騒ぎ立てないわけがない。
 が、『ジャックランタン・ジャパン』の社長曰く……
『いーよ、いーよ!! 二人ともよくぞやってくれたね!! いやいや、悪い意味なんかじゃなくて!!
 むしろ俺はいくらしてもしきれないほど感謝している!! ほらほら、みんなも拍手!!
 我らが事務所を一気に世間の注目度No.1にまで押し上げてくれた二人に拍手!!
 ……まぁ、感謝してるのはほんとだし、話題づくりも兼ねて二人でどっか行っていいよ!
 あんまり過激なことして問題起こすのだけはやめろよ!』

 と言った感じだった。
 要するに、世間に対するアピールでもあり、二人に対する休暇のようなものだった。
 少なくとも、今現在、聖辺ルリはこの状況をありがたく思っていた。
(幽平さんと二人かぁ……)
 いろいろと思うところがあり、ルリの心はどこか浮き足立っていた。
「……とりあえず、どうしたい?」
 そんなルリの気持ちを知ってか知らずか、幽はいつも通りの無表情で語りかける。
 とても『心踊っている』ようには見えない。
「あ、そうですね。うぅん……。幽平さんはどういうのが好きですか?」
「正直、こういうところに来るのは初めてだから、よくわからない」
「あぁ、そうなんですか……。じゃあ、定番のもので、ジェットコースターにでも乗ってみましょうか?」
「わかった。行こう」
 ルリは楽しそうに提案する。
 幽は楽しそうにみえなく同意する。
 見えないだけで、心の中では楽しみにしている幽は確かに存在するのだが、鉄面皮のせいで外からはどうしても見えにくい。
 そんな表情を、読んだのかルリが言う。
「幽平さん、楽しそうですね」
「うん。楽しいよ」
「だったらもっと笑ってくださいよ」
「? 笑ってるよ?」
「全然見えませんよ」
 ルリ笑いながら言う。
「演技の時はあんなに自然に笑えるじゃないですか」
「演技の時は、自分の演じるキャラクターの心を借りているからね」
「自分には心がないみたいな言い方ですね……」
「無いわけじゃないさ。ただ、人に比べたら著しく欠如しているのはたしかなんだよ」
 それを埋めるために、いろいろな役を演じて、キャラクターから心を分けてもらっている。と、幽は過去に言っていた。
 その言葉を反芻し、ルリは思う。
「そのこと……自分ではどう思ってるんですか?」
 ジェットコースターに向かう予定だったが、思いのほか話が続くため二人してオープンカフェ風の店に入る。
 店員は、思わぬビッグスターの来店に驚いた様子だったが、ある程度有名な場所だけに、こういう自体も珍しいわけじゃないらしい。
「……よくわからないな」
 ルリは、あえて幽の目を見つめた。
 機械のように……人形のように美しい顔。
 宝石のように綺麗で、吸い込まれるような不思議な光をもったその瞳を。
「役者を通して、自分の欠けた部分を補いたいと思ってるんですよね」
「ああ」
 幽は相変わらずの読めない表情のまま答える。
 ルリは、気を害してはいないかと、内心少し怯えていたが、続ける。
「それはやっぱり……心を……その、なんというか……――」
 そこで言葉を区切り、断ってから言う。
「――あの、気に触ったらごめんなさいですけど……心を……求めてる……。自分の中で、……その、気にしてるんじゃないですか?」
 沈黙。
 幽は何も言葉を返さない。
 傷ついているのかもしれない。
 怒っているのかもしれない。
 呆れられているのかもしれない。
 それでも、続ける。
「ええっと……感情が……ていうか、表現が……えっと、うまくできない?……ていうか、心が……欠けているって。でも、どの感情を……あの、自分が演じた役から……貰う? というか、そういうのって……ええっと、な、なんていうのかな……そ、そういうのを感じてるっていうのは……つまり、その……えっと……!」
 うまく言葉で表現できない。
 ここまでしどろもどろで、やっとのことで紡いでいた言葉が途切れる。
(どうして! どうして言葉になってくれないの! まだ、まだ途中なのに……!)
 うまく言葉にできない自分を恨む。

 ふと、幽が席を立った。

(あっ…! や、やっぱりでしゃばりすぎたかなぁ……。 いろいろあったとはいえ、そんなに長い付き合いでもない私なんかがいろいろとデリケートな部分にずかずかと踏み込んでいっちゃったから、怒らせちゃったかなぁ……)
 ルリは、話しながらも感じていた不安が徐々に明確な形となって自分の頭を埋めていくことを感じた。
(嫌われちゃったのかなぁ……)
 最も自分で認めたくなかった言葉を、ふと脳内で浮かべてしまい、涙が流れた。
 勝手なシンパシーとはわかっていたけれど。
 自分が一方的に感じていたということはわかっていたけど、この近しい位置を追い出されたくない。
 そう思い涙を零した。
 頬を伝う涙のむず痒さが、不安を更に掻き立てる。
 その涙の感覚が急に別のものにすり替わる。

「ありがとう」

(えッ?)
 自責の念に混乱した頭は、そのことばを理解するのに数秒を要した。
「君が言いたいことはしっかりと僕に伝わったよ」
 幽がルリの後ろに回り、静かに彼女を抱きしめていた。
 ルリが自分のもてる言葉を尽くして、必死に伝えようと頑張った思いは、きちんと幽に伝わった。
 さらに一筋、頬に涙が伝う。
 今度は辛くない、幸せな涙が。
 むずがゆい感覚は、不安ではなく、安らぎを与えてくれる。
「幽平さん……」
「幽」
「えッ?」
「幽でいい。平和島幽。それが僕の本名だ」
 心の距離が近づいたことを、ルリは確かに感じた。
 幽が自分に対して少しでも心を開いてくれていることに、言いようにない幸福がこみ上げてきた。
「じゃあ、幽さん」
「何?」
「安心してください」
「?」
「これからは、私の心をもらって下さい。私が思うこの感じ、幽さんにも感じて欲しいんです」
「…………」
「私がずっとそばにいます。感じてくれますか? 私を」
 沈黙が流れる。
 気まずいそれではなく、それまでの言葉を噛みしめるかのような、心地よい沈黙。

 そして、長い沈黙を破り、幽が短く言った。
「よろしく」
 短いなかにも確かな温かみを感じる言葉。
「こちらこそ、よろしくお願いします!!」
 ルリは勢い良く答える。
 そして、ゆっくりと振り返るように幽を見て、ゆっくりと瞳を閉じる。
 幽もそのサインが何を意味するか分からないような朴念仁ではない。

 二人の唇が、柔らかく、しかし強く、確かに重なる。

(幽さん。幽さんの心は、もう十分あったかいです。
 今私は、幽さんのおかげで、すごくすごく幸せです!!)






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