昼休みになんとなく敷地内を散策していたら、いつの間にか幼稚舎のほうにまで来てしまったらしい。
「懐かしいですわね…」
 私、松平瞳子は珍しく感慨に浸っていた。


 あかりをつけましょぼんぼりに〜
 おはなをあげましょもものはな〜

 幼児独特の甲高い声が聞こえてきた。
(そういえば今日はひな祭りですわね……)
 いつからか全然意識しなくなっていたけれど、今日三月三日は雛祭りだ。
 女の子のお祭りなのだが、流石に高等部ともなると、あまり盛り上がったりはしない。
 私としてはひな祭りは結構好きな方なので、そこにちょっとした寂しさを感じた。
「……いけない!!」
 気がつけば、もう予鈴のなる時間が迫っていた。
 私はスカートのひだが乱れることに構うこともなく、高等部の校舎まで走り出した。


   ◆   ◆   ◆


「瞳子、薔薇の館いこ」
「わかってますわよ、乃梨子」
 ホームルームが終わり、他の生徒たちが部活動に向かう中、私と乃梨子さんは薔薇の館に向かっていた。
 祐巳さまと正式に姉妹の契りを結んでからは、演劇部の方は大変な時以外は行っていない。
 演劇部でお芝居しているのも楽しいけれど、山百合会の方が何倍も楽しいから。
 乃梨子と普通に話していただけなのに、今日は薔薇の館への道のりがやけに短く感じた。

 私たちがクッキーみたいな扉を開けると、そこには奇妙な風景が広がっていた。
「あ、瞳子〜。おいでおいで〜」
 祐巳さまが私を見つけて手まねきする。
「ど、どうしたんですの? お姉さま」
「あの、志摩子さん、これはいったい……。わ! 菜々さんまで!」
 黄薔薇さまとその妹の菜々さんが寄り添うようにして眠っている。
「さっき、聖さまがいらしてたんだけど、その時甘酒を飲まされちゃって……。私は割と大丈夫だけど、他の皆はこんな感じで……」
「ひゃあう!!」
 私が上げた奇声に乃梨子さんがこっちをみた。
「瞳子〜。そんなびっくりしなくてもいいじゃない」
「い、いきなり抱きつかれたら誰だって驚きますわ!!」
 私の奇声の原因は祐巳さまが抱きついてきたことだった。
「そんなことより瞳子。雛あられでも食べる? 甘酒もあるけど?」
「飲みませんわ〜!!」
「つれないなぁ〜」
 祐巳さま……、甘酒でこれはひどすぎますわ……。どれだけお酒に弱いんですか……。
「乃梨子はどうする?」
「あ、じゃあいただきます……あ、おいしい。けどちょっと甘酒の割にはきいてますね」
「乃梨子は平気なんですの?」
「ええ。祐巳さまと由乃さま、あと菜々ちゃんが特別お酒に弱いだけじゃないかしら? 瞳子も飲んでみたら?」
「え、じゃあ、いただきます」
 といって、乃梨子から甘酒をもらった。
「……別に、そこまでつよいわけじゃないんじゃないの…か、ひら」
「…………」
「…………」
 乃梨子と白薔薇さまはなぜか黙りこんでしまう。
「なんだか……頭が…」
 なんとなく頭痛がしてきたから、私はいまだに腰にしがみついていた祐巳さまに体を預けた。

 それでもひな祭りを祝う人がここにもいたことがわかって、ほんのちょっぴりだけ、心があたたかくなった気がした。






あとがき


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